創意工夫と世界初が随所に詰まった完成品
結局、約3ヶ月で完成まで漕ぎ着けた巨大なジオラマ。台風の影響で一時作業が中断したが大きなトラブルもなく、完成したときには皆一様に満足できたという。それは、関係各所が極端なバランスや関係性で成り立ったプロジェクトではなく、共通目的がしっかりと持てたということを、如実に表している。
山口「これだけ大きく精密なジオラマを作れたということは、それだけで価値があると関わったすべての方が思えた結果であり、またその価値は、制作をするうえで何か難題があったとしても、みなさんが粘り強く取り組み、納得できた1番の理由ともなりました。こんなに大きなものになると、複雑な高速道路のデータ1つ作るのも難易度が高く時間もかかったんですが、データができたら出力して試してみるという作業を繰り返しながら丁寧にブロックを埋めていきました」
木下「このジオラマ制作は、手元にあるマップデータをそのままプリンターで出力すればいいという簡単なものではないんですね。1つ1つデザイン的な要素、加工の要素を施しながら出す必要があるので、手間がかかるんですよ」
山口「各ブロックの形も工夫しましたね。通常は正方形や長方形のブロックに分けて造形するのかもしれませんが、一棟の建造物が分割されてしまったりしないように、道路に沿ってブロック分けをしたのもよかったと思います。そういう部分は、木下さん含めデザインチームのアイデアが活きています。ちなみに川の水の部分は、透明の樹脂で水らしく見せているのもポイントです」
こうして多くの創意工夫を組み合わせてフルカラー3Dプリンター仕上げの巨大ジオラマは完成した。もちろん見た目は巨大でインパクトがあるが、注意して確認すべきは細部にある。通常のジオラマと明らかに異なる部分が見てとれる。
木下「まず、当たり前のように見えますが、そもそも造形しながら着色もできる3Dプリンターの機種は非常に少ないんですよ。できたとしても色数が少ないとか、今回のような樹脂ではなく安価な石膏を使ったものだと、発色がぼんやりして綺麗に出にくかったりもします。これだけはっきりと着色された樹脂が組み合わさった光景は、それだけでかなり稀有なものですね」
山口「一般的なジオラマは、メインの中心街だけが精密に作られていて、そのほかの部分は “らしきもの” で仕上げられることが多いです。今回は、小さなビル1つ1つがすべて精密でリアル。例えば映画の特撮をしたとしても、驚くほどリアルな映像が撮れるという自負がありますね。あと色数も1000万色も使っていますからクオリティは世界最高レベルです。これは、世界一リアリティの高いジオラマと言えるのでは、と思っています」
まさに世界最高レベルのディテールが詰まった前例のないジオラマだ。中編では、プロジェクト成功に導いた両名の様々なファクターとジオラマの価値について紐解いていく。
■プロフィール
木下謙一(きのした・けんいち)
1969年生まれ。株式会社ラナデザインアソシエイツなどクリエイティブとソリューションを提供するラナグループの代表取締役CEO、武蔵野美術大学非常勤講師。1992年、武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業後、NHKアート等を経て、1997年にラナデザインアソシエイツを設立。多くの著名企業のウェブサイト構築やアーティストのCDジャケット、広告ビジュアル、アプリ制作などを手がける。The New York Festivals、London International Advertisingawards、東京ADCほか受賞は多数。
山口修一(やまぐち・しゅういち)
1957年生まれ。株式会社3Dプリンター総研代表取締役CEO、株式会社マイクロジェット代表取締役CEO、一般社団法人日本3Dプリンター協会代表理事、工学博士、インクジェット&3Dプリンターコンサルタント。1983年、東京工業大学大学院理工学研究科修了後、エプソン株式会社(現セイコーエプソン株式会社)を経て1997年にマイクロジェット社を設立。以後、国内外でインクジェット技術普及のための講演活動や技術支援を積極的に行っている。2012年、『インクジェット時代がきた!』(光文社新書)を上梓。3Dプリンターやインクジェット関連の講演、論文、著作多数